その時、
ひとりぼっちの世界に電話がかかってきた…


27歳の銅版画家、真希。小学校教師の母親と二人暮らし、近所の版画教室で教えており、完成したばかりの銅版画“時”をギャラリーに買ってもらったばかり。ある日、版画教室に車で急いでいる際、センターラインを超えてきたトラックとの交通事故に遭ってしまう。しかし次の瞬間、真希は自宅の居間にいた。胸には昨日図書館に返したはずの植物図鑑、冷蔵庫には昨日出したはずのハガキが貼ってあった。不思議に思いながらも、自転車に乗って図書館に向かう真希。しかし、外に出ると、工事現場にも、公園のフリーマーケットにも、学校の校庭にも、図書館にも誰もいない。
大通りにも車一台走っていない。誰もいない世界で、真希の一日が終わる。
朝が来て、ひとりぼっちの世界の二日目が始まった。しかし、事故にあった午後2時15分が過ぎると、真希は自宅の居間にいた。胸には図書館に返したはずの植物図鑑、冷蔵庫には投函したはずの葉書が貼ってある。同じ日の繰り返し。同じ時間が来るとターンして、また同じ日が始まる。
真希はそれでもターンする日々を一生懸命に生きようとする。母が教えている学校の教室に行ってみる。誰もいない新宿を歩き、渋谷でショッピング。記憶だけはなくならない。手の甲に今日が何日目かを、過ぎ去らない今日を刻んでいく。
雨は降らない。事故に遭った日も、前の日も降っていなかったから。庭の木にホースを伸ばし、水を撒いてみる。雨が降ってきた。何故か、泣けてきてしまう。音がする。電話のコール音が真希の耳に確かに届いてくる。慌てて、電話に向かって走る真希。
泉洋平はデザイナーのヒヨッコでデザイン会社に勤めている。居間は本の装丁をデザインしており、自分では完成したと思うが、社長はまったく認めてくれない。アイディアを探しに町に出て、ギャラリーで目を惹く銅版画に出会う。それは真希が創った“時”だった。これこそ自分のデザインにぴったりだと考え、制作した人間に電話をかけた。
ふたつの世界を1本の電話がつなげた。洋平がかけた電話は真希のひとりぼっちの世界に繋がった。信じられなくて、慌てて話す真希。変人にかけてしまった訝る洋平。しかし、お互いに異常な状態を了解し始める。真希のいるのは事故があった6月、洋平は現実の12月に暮らしている。現実の真希は事故に遭ったときから目を覚まさず、12月に病院のベッドで眠っていた。洋平は電話まで真希の母を連れてきて、母娘に話しさせようとするが、何故か2人は話せない。真希の声は洋平にしか聞こえないようだ。真希と洋平は、それぞれの世界で時間を合わせて架空のデートをする。
ある日、真希はターンする世界で初めて自分以外の人間、柿崎清隆と出会う。洋平はその話を聞いて心配になり、彼の身元を調べる。柿崎は少女を轢き逃げして警察から逃げる際に事故にあっていた。一方、病院で真希に付き添っている母は真希が反応したことを喜んでいた。そんな時、洋平を訪ねてきた社長によって、ふたつの世界をつないでいた電話が切られてしまった。
はたして、真希は現実の12月に帰ってこられるのだろうか?